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伝統装飾としてのヒンメリ
 

「ヒンメリ」の歴史的背景

古代からヨーロッパ各地では冬至祭「ユール(Yule)」が存在していた。

太陽の復活を新しい年の始まりとして祝うとともに翌年の豊穣を祈願するこの祭りでは

土地ごとの特色にならった麦わら装飾を作り、祀っていた。

麦わらは太陽と豊穣のシンボルと見なされていたのである。


フィンランドでは冬至祭を「ヨウル(Joulu)」と呼んだ。

12世紀に入ってスウェーデン領となった影響を受け、この祝祭のために麦わら装飾「ヒンメリ」は生まれ

田園地方を中心に広まっていく。

紙や卵の殻がつけられた他国の装飾品と比べ、

あくまでも麦わらをベースに、赤いタッセルを結びつける程度の簡素さは特徴のひとつである。

何かを施すのではなく、麦わらの長さや組み合わせ方によって大きさや、かたちに変化を富ませる。

それは、大きいものほど翌年の豊作の期待も大きくなると信じてきた人々の心の表れでもある。

ヨウルには死者を迎え鎮める日という役割もあった。そしてヒンメリは、さまよう霊から家の中を守るものでもあった。

はたまた、家族が集まる食卓の上に吊るして天への光を感じたり、結婚式の装飾に用いて聖なる未来を誓ったり。

その様々な取り入れ方と呼応するように、飾る期間に関しても様々な云われがある。

一般的なのはヨウルを過ぎたらすぐに灰にして麦畑にまき、いのちの循環をはかること。

翌年の収穫まで穀物がつきないよう、夏至祭「Juhannus(ユハンヌス)」まで農作業小屋に飾ること。

日々の無事な幸せを願うべく一年を通して飾ること、などといったふうに。

多様な意味や慣例を含むヒンメリだが、その背景には麦わらに精霊が宿ると古くから信じてきた

フィンランドの人々の一貫した精神性がしみついている。

「天」を語源に持つヒンメリは幸福を呼び込む「依り代」であり

家のなかで「聖域」、「結界」を表す標べという役目も担っているのである。


こんなエピソードが残っている。

土曜日の晩にサウナに入る習慣があったフィンランドのある地域では

年ごろの農家の女性たちが集ってサウナに入り、その後、ヒンメリ作りに精を出していたという。

その頃を見計らって集ってくるのが近所の男性たち。サウナの湿気や温かさは麦わらをやらかくし、扱いやすくする。

そんな理由に加え、サウナは彼らにとって出会いの場であり、ヒンメリ作りは交際方法のひとつでもあったのだ。

麦わらを通して知り合ったもの同士は、麦わらの指輪を介して一生の伴侶となる約束を結ぶこともあった。

そう考えてみれば、結婚式の装飾品となるのも自然なことである。

またサウナは聖地とも捉えられ、出産の場でもあった。

この事実からも、ヒンメリが宇宙とつながり得る、清浄かつ神聖な場所の象徴であったことがさらに確信づけられる。


一方で、スウェーデンによるフィンランドの統治はキリスト教の伝播を避けられなかった。

ヨウルはその名を残したまま、ヒンメリはかたちを変えずして次第にクリスマスの意味合いを深め、今日に至っている。

だが自然信仰が全く失われたわけではない。人々はイエス キリストの誕生にこの世に幸福をもたらす光を見出し、

太陽の再来にこの大地をあたため作物をもたらす光を見出した。ヒンメリは信仰の境をも結び合わせてきた。


ヒンメリの根本にある精神は、日本の稲わら文化を代表する「注連縄」にも通ずると解釈している。

わらに秘められた神霊の力を、なうことで神域、結界と昇華させたものが注連縄であり、

神棚や台所、玄関などに祀っては幸福を招き、豊穣や健康を祈る。

自然に神の存在を信じ、畏敬の念を払いながら、共存をはかる。

そこに日本とフィンランドの間にも、現代と古来の間にも差異はないに等しい。

収穫の喜びや自然への感謝、敬いの気持ちを、稲わらや麦わらに、ただひたすらに込めては結ぶ。

その原始的かつ無垢なる行為、思想にも共通点を見出すことができる。

2013年 3月現在
   
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